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:::::秩父巡礼記C:::::



この日、何処に車を駐めようか迷った。
一番で貰った地図を見てると、札立峠の近くに
白砂公園があり、ひとまずそこに車を走らせる。
付近に来ても公園らしき物は見あたらず
ちょうどセブンイレブン(秩父吉田店)があり、朝飯を買い
店員さんに聞いてみた。
店からすぐ近くとの事。親切にも店の外に出て教えてくれる。

公園の駐車場に着いたのが朝8時半頃。
ここだったら何時間車を駐めて置いても大丈夫だろう
って事でエンジンを止め車を降りる。
気温−1度の寒い朝、はく息も白く身体が震える程寒い。
先ほど買った朝飯を食べ、気合いを入れて
札立峠に向けペダルを漕ぎ出す。
冷たい空気を身体に受けながら、県道37号線を走ると
ちょうど吉田町と皆野町の境に山に上がっていく道がある。
案内図に徒歩巡礼道と書かれた字に従い進むと
そこはもう登り坂。
最初の300メートル位勢いをつけてペダルを漕ぐも
早くもくたばり自転車を押しながら歩く。
「自転車に乗ってまだ15分位しか経ってないのに・・・情けない」
自分の体力が無いのか、それともただ
この坂道がきついのか?
ならば、中野浩一がここを自転車で登ったら
どこまでペダルを漕いで行けるんだろうか?
などと考えながら坂道を上って行く。
細い舗装道路の脇には、ポツリポツリと民家があり
所々には、水潜寺の案内図がある。

早くも小休止をとる事にする。
いつもの事ながら、たばこを吸うだけだけど・・・
って、息がゼイゼイしている時にたばこを吸ったら
こんどは咳が出て、むせてきた。
5分位しゃがみこんでたら呼吸が正常に戻り
再び自転車を押して歩く。
急な坂道を道なりに進むと、最後に見る民家?のその先の
右側に水潜寺は右ですよの案内図が。
「まじぃ〜、うそ!」が見て最初に出て来た言葉。
これ登っていくの?本当に?って考えてもしかたがない。
巡礼をやると決めた時から
最後は必ず札立峠を越えて行くと思っていたから。
ただ、自転車はどうなの?とこの道を見て感じる。

ひとまずここで2度目の休憩をする。
たばこを吸いながら気分を変えようと考えた結果が、
「この時期は蛇も出まい、奴さえ居なければ何の事は無い」だった。

さて行くか!
斜面に少しの平坦な所がなければ
道とはわからないほどの山道。
枯葉に埋もれた道を、サクサクと音を立てながら歩く。

傾斜もきつく、道幅も人一人がやっと通れる位。
何か自転車が邪魔になってきた。
最初の案内図から、誰一人とも会っていない
「ここに置いて行っても盗まれる事はないだろう」
そう思うようになってくる。
登るにつれ傾斜がきつくなり、道幅も狭くなっていき
自転車を押して歩くほどの余裕もなくなり
しかたなく、担いで歩くようになる。

山道に入って初めて目にした看板が、
34番・札立峠 急登り ガンバレ 
「もう、十分に頑張っていますけど・・・
この先、もっときついんでしょうかぁ?」
励ましの看板だろうけれど
逆に、疲れがどっと出てくる。
「休憩じゃ!」って事で、しゃがみ込みボォーと
しながら辺りを見渡す。
歩いてはしゃがみ込みを繰り返し
自転車を担いで登って行くと
岩や、大きな石がころがっている道になってくる。
「ここでコケたら痛いだろうなぁ。」と身の危険を感じ、
足下をしっかりと見、神経を集中しながら登る。

何の動物の石像なんだろう?
犬、猫、それとも想像上の生き物なのだろうか?
自転車と一緒に写真を撮ろうとしたら、
足場が悪くスタンドが立ってくれない為、
しかたなく、ねかして撮影。
これ本当に巡礼道?と言うより
これって道なの?が合っている表現だと思う。
この頃になると、十数メートル登っては立ち止まるの連続。
身体の疲れよりも、心臓の激しい鼓動が気になってくる。
「たばこやめようか。」と
この時だけは本気で考えたほど。

たかが14キロの自転車を担いで
岩の露出した登り坂を歩く事がこんなにきついとは・・・
今までの巡礼のなかで、舗装道路の坂道さえ
きついと言ってきた自分が情けなく思える。
「さて、どうするか?」
露出した岩の高さが胸位まである。
これを越えないと先には進めない。
担いで行くには、あまりにも無理がある・・・
やりたくないんだけれど、これしかない・・・
と結論が出、しかたなく自転車を放り投げる。
投げ終わって出てきた言葉が
「あ〜あ、やっちまたよぉ〜」
値段は安かれど、結構大事に扱ってきた自転車。
幸いにも打ち所が良く、少々の擦り傷ですんで良かった。
「おっ!平場がある。」
ここに辿り着いた時は気分がホッとした。
石碑が何個も立てられており、
改めて「これは巡礼道なんだなぁ。」と実感が湧く。

風もなく、鳥の囀りさえも聞こえない
シーンとした空間の中でふと思う。
「昔の人は、どのような心境でこの石碑を見たのだろう」と。

平場を後にし、数十メートル登ると小屋がある。
何の目的で建てられたのだろうか?
巡礼者の休憩や、避難の為なのだろうか。
ガラスの引き戸には鍵が掛かっておらず、
開けてみると畳が三枚縦にひかれている。

誰もいない、音もしない静かな場所を
独り占めしたような贅沢な気分になってくる。
遠くの山々まで見渡せるほどの良い天気!
先ほどまでの苦しさを忘れてしまうような
良い気分転換が出来た。
小屋で30分位休憩を取ったあと
再び巡礼の道を歩いて行くと、Tの字の所に出る。
左に向かえば菊水寺、右に行けば水潜寺。

小屋あたりまでは木々の葉が枯れ落ち、
比較的太陽の光を浴びながらの歩きも
この辺から鬱蒼とした道になってくる。

水分と言ったらハンドルにある350ミリリットルのお茶のみ、
大事にしなければ。
比較的平坦な道にもなり
久しぶり?にも自転車に乗って走る!
たかが数メートルの距離だけれど・・・

案内図があり、立ち止まり見てみると
水場 もうすぐ 札立峠 との事。
「峠まであと少し、がんばろう!」
と、その前に止まったついでに
たばこを吸い小休止をする事にする。

さてと!
気分よく歩いていると、ふとある事を思い出す。
熊の事を。
最近ニュースでよく見る熊が人を襲うってやつ。
誰も居ないこの場所で
もし、熊が出てきたらどうするか?
「まっ、いいか!そん時は自転車を武器に戦うか。」
実際に遭遇していないからのんきな考えなんだろう。
でも、ここまで来て不安をしょってまで歩きたくはない。
「蛇と遭遇する方がよほど怖いわ」

脳の中で自己問答しながら歩いて行くと
又、険しい急斜面の道になってくる。
湿った土の路面になり、木の根が歩くのを邪魔してくれる。
ジグザグしている道を自転車を担ぎ
ただ、札立峠を目指す。
右の斜面の所に廃屋が見えてくる。
トタン屋根で周りには
生活を伺わせる物が散らばっていた。

後に水潜寺のおかみさんに聞いた所によると
昭和51年頃まで老夫婦が住んでいたとの事。
これを見て考えさせられた。
「電気も水道も何も無い所で、自分は生きていけるのだろうか?」と。
無理なんだろうな、自分には。
やっとの思いで札立峠に着く。
看板に目を通して見ると名の由来が書かれている。

昔、大早魃(だいかんばつ)の時、旅の僧の
「雨を祈らば観音を信ぜよ」との教えにより
「じゅ甘露法雨」の札を立てたところによるとのこと。

ひとまず、ここまで来ればあとは下り坂の筈って事で、
もう何回目だろうか?小休止をすることに。
ちょうど峠の平場の真ん中付近に
けっこう新しい小さな石仏が立っている。

「観音様のおかげで無事着きました。」
しゃがみ込み、手を合わせて報告をし、
「この先、水潜寺まで無事でありますように」と
お祈りをする。

案内図によると
この場所から1.3キロと書いてある。
南無観世音菩薩と心で唱え、この場を後に。
甘かった・・・
峠を越えると下り坂なので、楽をしようと
自転車に乗ったのが間違いだった。
あまりにも急勾配の為にブレーキをかけても
ロックしたままズルズルと下ってしまう・・・
ハンドルの操作もスピードが出てしまうので不能になる。
「おおっ!あぶねぇ〜」
制御の効かなくなった自転車と自分を助ける方法は
これしかないと考え、自らこける事にする。
「よかったぁ〜、下に落ちなくて!」
観音さまが救ってくれたんだろうか?
落ちていれば良くって病院、運が悪ければ葬式になっていただろう。
「ああ、南無観世音菩薩!」
楽をしようなどの考えは捨て、
ただ自転車を押して下っていくと、
再び岩が露出し大きな石が転がっている道になる。

始めのうちは「まっ、いいか!」と思い押して歩くも
ピョンピョン跳ねるは、ガリガリとスタンドは擦るはで
結局、担いで歩く事にする。
「置いてくればよかったなぁ。」の思いもあれど
それよりも今は
「最後までこいつとがんばろう!」の思いが強い。

あと少しの道のり、一緒に結願しようよ!
丸太で造られた小さな橋の先を見て絶句する。
「何ですかこれは・・・」
これはもう、道などにはとても見えない。
例えて言うならば、
川の水が無くなっている川状態とでも言うんだろうか?
踏んでもコケそうにない大きな石を選び
一歩一歩神経を使いながら下る。
倒れた木が更に行く手を遮ってくれる。

下り坂でこんなに苦労するとは思ってもみなかった。
沢に架かる丸太の橋にて休憩を取る。
もう、何度の休憩を取っただろう?
残り少ない茶を一気に飲み、しゃがみ込む。

チロチロと水の奏でる音が、心を癒してくれるようにも思える。
周りを見渡していると
ここだけ時間が止まっているような
錯覚さえも覚えるような気がしてくる。
これだけきつい思いをしたのに、何故か
心は澄みきった感じがし、もう迷いなどまったく無い。

さて、一気に下るか!
左側に巨大な岩壁を見ながら下って行くと
「おつかれさま 水潜寺は すぐそこ」と書かれた地蔵尊がある。
写真を撮り、更に少し下ると水潜寺の観音堂が見えてくる。
やっと山道が終わったと思い歩いて行くと
何やら看板が反対を向いて立っている。
水潜寺側からの山道に入る注意書きなんかだろうと
振り向いて見ると、そこには「注意!熊出没」と書かれている・・・
「よかった!出てくれなくて」

右手側の川の向こうは水潜寺。
「着いた!やっと着いた!」
この日観音堂は修繕工事をしていて
本来の姿は見れなかったけれど、嬉しい限り。
--第三十四番 日沢山 水潜寺--

    萬代の
    願いをここに納めおく
    苔の下より出ずる水かな


ここ水潜寺は、西国・板東・秩父の日本百観音霊場の結願寺。
本来なら札立峠を越えて来た巡礼者は
裏の観音堂側から入るのだろうけれど
工事している為、表参道側に自転車を駐める事にする。
「おつかれさま!」とサドルを叩き、
本堂に行こうと思ってもなかなか行けない・・・
「ここに入ったら終わってしまう」と言う淋しい感情からだろう。
更に下りて駐車場を見たり、たばこを吸ったりして
心を落ち着かせてから本堂に向かう。
岩屋からは長命水が湧き出し、
巡礼を終えた人々が再生儀礼の岩屋の
胎内くぐりをして俗世に還る。
洞窟に身を縮めて通り抜けることで浄化するそうだが、
手前に引いてきた水場で清めることによっても
同じ効用が得られるとの事。
 また水潜寺の名前の由来は、
この水(岩屋)を潜(くぐ)ることからきている。
結願堂にて「34ヶ所廻って来ました。ありがとうございました」の
報告をしたのち、境内を見学していると
若いお坊さんが寄って来て声をかけられる。
言葉を返そうとしたらいきなり咳こんでしまう。
何でだ?ここ何時間声を出してないから喉が驚いたか?
それとも、あまりにもゼイゼイしながら歩いていたんで気管が壊れたか?
少し話しをしたのち、親切にも缶ジュースを持って来てくれた。
御朱印を書いて頂き、本堂の前で休憩していると
「お茶がはいりましたよ」との声が聞こえる。
本堂の中でせんべいを頂きながらお茶を飲み、
おかみさんと若い坊さんと話し込む。
すごく嬉しかった。
ただお茶を飲みながら話しをしているだけなのに、本当に嬉しかった。
寺を出る時、おかみさんと若い坊さんに「有り難うございました」と
心をこめて挨拶し、結願寺を後にする。

最後の結願寺らしく、いい終わり方が出来て本当に良かった!
---思う事---

夏から始めた秩父三十四ヶ所観音巡りは、
無事に最後までたどり着けました。
本来なら、歩いて行くのが巡礼そのものなのでしょうが
今回は自転車での巡礼となりました。
正直、かなりきつかったです。でも、それ以上に楽しかったです。
頭陀袋(さんや袋)に書かれた「同行二人」の意味(観音様と一緒)が
自分では、「観音様」が心、「自分」が身体と思えて来ました。
今回はそれに加え自転車も入って「同行三人」って感じでしょうか。
きつかったからこそ、感動も大きく
人の親切な心のありがたさを思い知り、
そして色々な事を教わった気がします。

親切に道を教えてくれた方々、本当に有り難うございました。

お寺の方々、親切にして頂いて本当に有り難うございました。

今度又、個々にお寺に行きます。


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